ちょっといい話


1月から実験を続けている再生火口は遂に連続稼働42日に達しました。念のためと遅れてほぼ同じ方法で再生した2つの火口も21日。この方法は本当に効果がありそうです。

でもって今日の話は昔ハクキンカイロ社長が新聞のインタビューとかで語った内容です。非常に残念なことに、スクラップやスクショをとってありませんでした。なので当サイト作者の記憶で書いてるので間違いとかあるかもしれません。
多くの記事は産経関西版に載ってたのですが、この新聞は縮刷版とかがないので(あってもいつだったか覚えてないので探せないのですが)いつ載っていたのかとかももう分かりません。

的場社長が昔を語った記事で、先代の的場恭三社長の時代、使い捨てカイロが出て売り上げが劇的に減った。まあこのへんの話はしょっちゅうしているのですが、そのとき、ハクキンさんも使い捨て出しませんか?みたいな商談が来たけれど、先代的場恭三社長は頑として首を縦に振らなかった。どうしてなんだろうと的場恒夫氏(当時は副社長か何か)は不思議に思っていたけれど、今になって思うと先代の思っていたことが分かるみたいな話でした。先代恭三社長が亡くなるときの話というのがまたドラマチックで、いよいよ臨終が近くなり、親類縁者が集められたとき、先代恭三社長は「カイロ持ってこい」と言い出し、渡されたハクキンカイロを握って、「あったかいのう」と言って死んだというのですが、サイト作者的にもこれはいくらなんでも話ができすぎのような気はしますが、いつかの時代の産経関西版に恐らくこの話は載っています。2007~2019年頃だと思います。

産経関西版はハクキンカイロが好きで、ハクキンカイロの記事を何度も出してました。ひょっとするとサイト作者の記憶があいまいで複数の記事の内容が混ざってるかもしれません。

それと、某M社がベンジン式カイロを出すきっかけの話。某M社とか書かなければならないのが残念ですが、あの、アメリカのオイルライターメーカーZ社の日本代理店をやっているあのM社です。
M社でカイロの商品化を発案したのは商品開発部門にいた女性社員で、あるときその女性社員のおじいさまが亡くなった。葬式後に形見分けをしていたらハクキンカイロが出てきて、その社員はこれはおじいちゃんからの贈り物だ、と思った、という話で、これをいい話としてお話しできないのが、そして、M社の名前を実名で出す気が今のところないのがとてもとても残念です。
この記事が載ってたのは産経じゃなかったかもしれません。もちろん記事にはM社の名前ははっきり書いてありました。「ハクキンカイロ」もはっきりと書いてありました。M社がZ社から許諾をもらってZブランドでカイロを出したときの話は、何しろ結構なヒット商品になったのであちこちのメディアが取り上げたのですが、「ハクキンカイロ」とはっきり書いたのはこのときの記事だけだったと思います。

これらの記事がどのメディアのどの号で載っていたのか、知っている方がいらっしゃったらコメントをお寄せください。


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