BS朝日


BS朝日の「関口宏 雑誌の記憶」を見ました。
宮崎美子、すっかり老眼鏡の似合う初老のおばあちゃんになっちゃって、ってそっちじゃなくて
ハクキンカイロ公式が予告していたとおり、ハクキンカイロの話とかも出てきて社長のインタビューとかもあったのですが、
ハクキンカイロ本社で社員らしい人が社長以外2人くらいしか映ってないとことか気になるところはいっぱいです。

※現在はハクキンカイロの工場は大阪市ではない大阪府の別の場所にあってそっちにももちろん社員がいます。

で、社長が仰々しく鍵付き金庫から初号機というカイロを取り出すのですが(なおかつそのカイロは紙に丁寧につつまれている)、そのとき出てくるテロップが「角形」なのですが、サイト作者的に最初のモデルは角形じゃないし、それ以前にそこに映ってるカイロ、全然角ばってなくて丸っこくって、要するに映っているのは当サイトに上げている小判形そのものなのです(フタの模様とかが当サイトのものと若干違いますが)。それにこのモデルのことは以前のハクキンカイロ公式サイトでも小判型って書いてた気がするのに、まずもってどうして「角形」ってテロップが出たのかそっちが不思議です。

※小判形という型名は発売当時、ハクキンカイロ(当時の屋号は矢満登商會)が命名したもので、当サイト作者が勝手に名付けたものではありません。

番組の中では、関口宏と宮崎美子がロケ中の防寒対策について昔はこうだったああだったと言い合うのですが、宮崎美子すっかり昔語りが板についた初老のおばあちゃんになっちゃって、ってそっちじゃなくて、
関口宏も宮崎美子も、そんな極寒ロケ体験者なのにハクキンカイロを使ったことがなかったというのが意外でした。宮崎美子はマイナス35度ロケまでは経験があるそうです。関口宏は江戸時代の下級役人役になったとき、御用だ御用だとかいうシーンは泥棒は夜動くから必ず夜ロケなんだという話を紹介してました。
って、こういう番組でハクキンカイロが話題に出るときって、よく、おやじが使ってたとかおばあちゃんが使ってたとかいう話になって、実際関口宏からそういう話も出てくるのですが、自分の防寒対策ではハクキンカイロが出てこないのが不思議です。宮崎美子はそういう話はしてないのですが、袋が自分の知っているものと違う毛糸みたいのじゃなかったかみたいな話をしてたのでたぶん点火芯付Aか何かを見たことはあるっぽいです。(追記)毛糸うんぬん言ってるのは関口宏で、宮崎美子は「昔はこんなおしゃれな袋じゃなかったと思う」でした。どちらにしても使ったとも見たとも言わない宮崎美子が気になります。

番組中で、ハクキンカイロの販売数は1977年の200万個が最大で、そこから使い捨てカイロの登場で一気に7割減になる、という話が出てきます。年産200万個、って話はわりとよく出てくるのですが、7割減って話は初めて聞いた気がします。サイト作者が以前見たのは、使い捨てが最初に出た1978年度はあまり減らなかったけれど翌年の1979年に一気に9割減になった、っていう話です。社長が当時夜も眠れなかった話をしてます。なお的場恒夫社長の就任は1983年。まさに火の中の栗を拾うような時代に社長になった、というか、ならざるを得なかった、ハクキンカイロ100年の歴史の中で一番大変な時代を経験した社長だというのも分かります。
よく、商売は初代が作って苦労した初代の背中を見て育った2代目が大きくして生まれた時から楽して生きてきた3代目がつぶすみたいな話がよく言われますが、今の的場社長は3代目ですが、会社を継いだその時点でそこまで羽振りのよい会社じゃなかったのは確かです。その前にハクキンカイロはまだ現存してますし。

空襲で焼けたので、という話も番組中で出てきました。焼けてしまったおかげで、前述した最初のモデルの話のように、ハクキンカイロ公式で戦前の話が今出てくるとえ、それ、なんだかどこかおかしくない??って話になってしまうことが多いのですが、戦前は年産50万個だった、という話が出てきて、これはサイト作者が調べた戦前当時の話とだいたい合致します。当サイトに出してある戦前につくられた説明書。あそこに「一千万」という数が出てくるので、創業20年で毎年50万個を作っていたと計算すると確かに一千万というのはそれほど大幅に誇張した数じゃなさそうです。

それよりもっと気になるのは、歴代製品のパッケージ類がずらっと並ぶシーン。明らかにハクキン製じゃなさそうなものが混じってるのがとてもとても気になります。「TOKYO JAPAN」と書いてある箱が出てくるのですが、ハクキンカイロは「JAPAN」とか「OSAKA JAPAN」と書くことはあっても、TOKYOと書くことはなかったし、ないはずだし、箱に「TOKYO JAPAN」と書くような業者にOEM供給するようなことはしなかったはずなのですが。

番組中で出てくる年代とかはちょっとずれがあります。ホカロンが出た年が1979になったり1978になったり、南極観測隊がハクキンカイロを持って行ったのが1963年になったり1962年になったり。それは、昔の雑誌の記事を引っ張り出してきて番組を作っているからで、昔の雑誌には1979って書いてあったけど、現代につけたテロップは調べ直して1978になっているとかそういう具合です。(番組中にそういう説明はありません。あと、1963年に日本は南極観測隊を南極に送っていません)

的場社長の登場シーンは6分あるかないかくらいなのですが、そこで戦前の話は出てくるし、ハクキン眼炉のパッケージを開けて社長自らこうやって使うものですと実演するシーンがあったり戦災の話に南極に東京オリンピックに海外輸出30カ国とかいう話と盛りだくさんで紹介しきれないくらいです。
サイト作者的には台詞類では出てこなかったけど画面には出てくる特選街2013年の記事がちょっと気になりました。創業当初は白金をぜいたくに使いすぎて高価になっちゃった話とかナショナル黄金カイロが登場したときの話とかも出てきてるっぽいのですが、その話はページの途中でぶつ切れになっちゃっててその前その先がとてもとても気になります。

それまで逆風だったのが2000年頃からエコとかいう話が出てきて追い風になった、と社長は言っていました。サイト作者的には、それならばもうちょっと世間一般に売っている店舗とか増えてくれてもよさそうな気はするのですが、amazonとか見るとハクキンカイロが過去1ヶ月で1000個売れたとかいう表示も出るので、通販とかで売れれば一般小売店で売れなくてもなんとかなっているのかもしれません。最後、ベンジンを使わないカイロを作りたい、とも言ってました。技術的には不可能ではないのですが、バイオ燃料でそれができるのはちょっと先の時代になりそうな気はします。

大宅壮一文庫が蔵書する雑誌の中からテーマに沿った記事を紹介する、という番組で、ゲストの雑誌記事をまず最初にお見せするというのが基本フォーマットのようなのですが、宮崎美子が初めて雑誌に載ったときの記事と、現在の宮崎美子を並べるシーンとかそれはちょっとやめたほうがいいんじゃないかと思います。

ざっと調べた感じ、見逃し配信等のサービスはない模様です。

さて、この番組、「関口宏 雑誌の記憶」。1月25日放送分のサブタイトルは「#15 防寒 前編」です。次回は「防寒 後編」らしいのですが、次回予告にハクキンカイロがちらっと映ってるのですが、その話はもう前編でやっちゃったんじゃない? なんかこの次回予告、前の回のをかけてない?ってのがちょっと気になりました。公式ホームページの文章を見ても、次回はフリースとかババシャツとかヒートテックの話で、ハクキンカイロじゃなさそうです。

なお次回のゲストも引き続き宮崎美子です。

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“BS朝日” への2件のフィードバック

  1. 先日、メルカリに出品されていたまさしく大正創業時のモデルを購入しました。火口が欠品している以外はなかなか良いコンディションです。(写真で見る限りですが・・)数日後には到着するのでとても楽しみです。小判型で孔雀ホールの下に富士山型のモールドのあるタイプです。私は戦前モデル?(パテントナンバー+矢的マークの物)を常用していたのですが、ちょっともったいないかね?と思って、最近1950~1960年代の11枚羽にシフトしました。
    これもメルカリで、11枚羽が3個で3000円台
    で売りに出ていたのを即ゲットしました。
    大正モデルはかなり高額だったのですが、来月辺りに確定拠出年金が振り込まれるので、清水の舞台から飛び降りたつもりで買ってしまいました。
    戦中の未使用箱入りや戦前の火口箱入りを何個か持っているので、大正モデルも届き次第火入れをしてみようかと思っております。

    • 当サイトでは個人所有品の真贋・製造販売時期の判定は行っていないので、該当の機体に関するコメントは差し控えさせていただきますが、当サイトを見て楽しく便利にハクキンカイロを使ってくださっている方がいれば当サイトを作ったかいもあったというものです。どうぞ楽しいハクキンカイロライフをお送りください。

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